理学療法士として、今後どうするべきか?
悩んでいた頃に、上田社長との出会いがあった。
キャリアの初めは、急性期・回復期の病院で3年間勤務。やりがいはあるものの、待遇面に不満があり、理学療法士を辞めようと考えたこともありました。たまたま、知人の紹介で受けた老健施設の面接で出会ったのが、当社代表の上田でした。「理学療法士の給料が安い。今後どうすべきか悩んでいる」と正直に伝えました。「確かに安い。ただ、努力の仕方を変えてみないか?」その一言が刺さり、この人の元で働いてみようと決意したのです。
当時、上田の施術は手技の質だけでなく、言葉遣いや表情などの接遇面を強く意識したもので、これまでの私にはない感覚でした。上田の仕事をサポートしながら、理学療法士としての新たなチャレンジや働き方を模索していきました。刺激的な毎日を送る中、ある時退勤後に上田から電話がありました。「多くの方にすごく必要とされるサービスがあるから一緒にやらないか?」——プラスアールの自費訪問リハビリの始まりでした。

自費リハビリの良さを伝える難しさを感じつつも、
受け入れてくれた時の喜びは計り知れない。
立ち上げの頃、私は主に施設・ご利用者様に対するリハビリを担当。老健の固定休や退勤後の時間を利用していました。病院や老健であれば、医師の指示のもとにリハビリを行いますが、プラスアールではどんな手技を行うかも自ら決めて動きます。自分の話し方や提案内容次第で、ご利用者様の反応や身体・精神面への効果が変わっていくことも新鮮でした。
また、有給休暇を取得して、自ら営業も行いました。当時は施設様も利用者様へのサービスは全て保険で賄うものという認識が強い時代でした。「自費のリハビリなんて、何言ってんだ」と門前払いされることも多かったです。それでも自費リハビリの良さを丁寧に説明して必要性を感じてくれた時は嬉しかったですね。実際に契約後のリハビリの様子を見て「すごい良いわ」などと声をいただくことも多くありました。自身で契約するとインセンティブとして給与に反映されることも、今までにない喜びでした。



ご利用者様の“最期をお手伝いする仕事”、
1人1人に真摯に向き合う気持ちは変わらない。
プラスアールで仕事を始めて12年、葬儀に呼ばれる機会がとても増えました。病院であれば、ご利用者様との付き合いは基本的に退院するまで。一方、プラスアールではお亡くなりになる直前までリハビリを提供することが多くあります。まさに“最期をお手伝いする仕事”と言えます。「先生は家族みたいなものだから」と親族側の席を用意していただくこともありました。ご逝去はとても悲しいのですが、本当にこの仕事を選んで良かったと思えた瞬間でした。
会社としては、47都道府県に拠点を開設し、より多くの方にリハビリを届けるという目標を掲げています。ただ、創業当初から変わらないのは、目の前の1人1人のご利用者様に寄り添う気持ちです。プラスアールには、正社員・非常勤に関係なく、ご利用者様を救いたい、支えたいという熱い想いを持った仲間が集まっています。今悩んでいるあなたも、プラスアールの環境に身を置くだけで、きっとガラリと変われると思いますよ。